海軍さんの珈琲

KAIGUNSAN NO COFFEE

「戦艦大和の中で飲んだコーヒーは、とても美味しかった」

この一言が全ての始まりでした。1960年代、昴珈琲店・創業者、細野治雄は喫茶店を営む傍ら、徐々に拡がりつつあるコーヒーに手ごたえ感じつつ、より美味しいコーヒーをお届けするべく研鑽を重ね、探求の日々を送っていました。まだまだ海外渡航すら厳しい時代、そしてコーヒーそのものも現在のように究明が進んでいない時代でもあり、コーヒーとは魅力的ではあるけれど未知なる部分も多い飲み物でしたが、何かにつけ、自らが試し、納得せねばならない性分の治雄は、品質、抽出は言うに及ばず、生産、保存、そして歴史に至るまで、可能な限り、その理解と習得に努めていました。それゆえに、旧帝海軍に所属され、とりわけ戦艦大和に乗艦されていた方たちの、その「一言」は、治雄に衝撃をあたえ深い興味を抱かせることとなります。

大戦中、コーヒーは禁輸品であり、国民の前から姿を消したはず…しかし・・・「戦艦大和の中では、コーヒーが飲まれていた・・?」その言葉を耳にしたとき、「何とも言えない衝動が走った。そのコーヒーにロマンすら感じた」と治雄は回述しています。日本の「海の防人」たちが愛した幻のコーヒーをどうしても飲んでみたい。が、思いとは裏腹に、幻のコーヒーの再現は困難を極めました。情報の入手もままならず、手さぐりも同然、思うように進まない鑑定作業。

しかし、光明とも言えたのは、当時、昴珈琲店の常連さんの多くが、かつての旧帝国海軍に所属し、幻のコーヒーを味わっておられ、その再現に、ご協力いただけたことでした。非日常ともいえる戦火のただ中、隣接する「死」、極度の緊張に包まれた毎日に刻みこまれた、味と香り。日々、試作を試飲を繰り返し、興味から始まったそれは、復刻への使命感と変化し、幻のコーヒーは次第にその輪郭を現していきました。

そして・・・「ああ・・この香り・・この味でしたよ・・懐かしいねえ・・・」そそがれた琥珀には、想像を絶する想いと、記憶が揺らめいていました。それは現存するコーヒーとは、全く異なる世界に棲むものでした。ついに、幻のコーヒーは静かに甦り、完結を迎えます。円は閉じられたのです。誰にも浸食することのできない、歴史の中に埋もれるはずであったコーヒーを前に、治雄もまた、万感でありましたが、そのコーヒーの存在を知る方たちも増えていくことになります。

記憶を偲ぶ方、上官、同胞、同期、同朋、そしてご遺族のご霊前にお供えしたい・・・いつしか、幻のコーヒーは「海軍さんの珈琲」と呼ばれることとなっていったのです。美味しいコーヒーを創りだすことは、昴珈琲店の使命であると考えています。しかし、最も大切なことは、そのコーヒーに込められる「思い」でもあります。およそ数字や記号などでははかり知ることが不可能な、昴珈琲店発、すべてのコーヒーたちに、その思いは宿り続けています。

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